私たちのヒーローになろう
須賀大介
日本 千葉県
4歳で限局性脳幹グリオーマおよび水頭症を発症
1990年11月1日
1990年11月、喘息のため青山病院に入院しました。退院の前日に嘔吐し、医師と看護師から「頭が大きい」と指摘され、MRI検査を受けることになりました。検査の結果、脳幹付近に腫瘍があることが判明しました。すぐに紹介された大学病院へ転院となりました。転院後すぐ、脳が水でいっぱいになっていたため体外に排出する必要がありました。
その後、脳室から腹部へSVシャントを通す手術が行われました。そして1991年1月には、13時間に及ぶ脳腫瘍の手術を受けました。病院の脳神経外科病棟には小児病室があり、同年代の子どもたちが親と共に入院して治療を受けていました。診断は脳幹腫瘍である悪性神経膠腫でした。
4か月の入院生活の後、車椅子を使用し歩行が困難になりましたが、退院後はリハビリや温泉施設での療養を経て再び歩けるようになりました。退院後は、3か月ごとに造影剤を用いた1時間のMRI検査で経過観察が続けられました。副作用として、運動神経や平衡感覚が健常者に比べて劣ると告げられました。経過観察では、眼球の動き、身体反射、学業成績についても確認が行われました。幼稚園、小学校、中学校、高校においては、脳幹腫瘍に関する配慮について保護者がすべて説明を担いました。それでも、小学校ではサッカー部、中学・高校ではバレーボール部に所属していました。ただしレギュラーにはなれませんでした。中学進学後からは、造影MRI検査は半年ごとになりました。
大学3年の春、生活リズムの乱れや飲酒・喫煙がきっかけで問題が再発しました。夏には10時間を超える手術を受け、ICUに5日間入院するなど大きなストレスを経験しました。入院中は食欲がなく、複視が出て、思うように体を動かせず、頭痛も絶えなかったため、鎮痛薬を繰り返し服用しました。約2か月の入院を経て、視力や食欲、頭痛、体の動きが回復した段階で退院となりました。退院後、入院前に勤務していた東京ディズニーランドでの友人に招かれ、退院祝いにディズニーランドを訪れることができました。
大学3年の9月に退院しましたが、その後の造影MRI検査と経過観察で、腫瘍が2か月後に再び大きくなっていることがわかりました。11月からすぐに抗がん剤治療が始まりました。治療は通学しながら行われ、投与後には大学の保健室の先生に経過を報告していました。抗がん剤治療中は、強い吐き気や倦怠感が続きました。毎月、造影剤を用いたMRI検査が行われました。
こうした治療を続けながらも、須賀大介は大学と大学院を卒業しました。